雑記

田舎から持って帰った柿と梨を食べました。甘さ十分、酸味はそこそこ。秋の味覚ですね。
僕は基本的に酸味の強い果物とか水気の多い果物が好きです。みかんとかりんごとか。口の中がすっきりしますし、食べていて気持ちいい。
せっかくの秋ですし、もっとたくさん果物を食べるようにしたいですね。


今日もまた中学校の見学に行ってきました。
授業の支援をした時間そのものは少なかったのですが、タメになることは多かったです。


〜早退したがる生徒〜
1時間目が終わると同時に3人くらいで職員室の前に来て、「家に帰る」という生徒たち。笑う元気、話す元気があって健康そのものなのだけど、だるい・やる気が出ないという理由で早退を訴えてました。
生徒指導室で話をしたり、長く説得をされていた先生方でしたが、最後には結局保護者に連絡をとって、早退を認めていました。
授業をサボりたがるのはなんでなのかなー、って思います。ひとつは、単純に授業が面白くない。ふたつ、教室にいても居心地が悪い。パッと思いつくのはこのくらいですね。「だるい」というのは理由になりません。何が基になってだるいのか、ということが大切ですね。
授業が面白くないということについて。結構パターンがありそうです。授業でやっていることがわからない、ワンパターンで面白くない、はたまた授業を受ける意義がわからない。このへんが原因なのかなぁと思いました。
教室の居心地が悪いということについて。むしろこっちの方が要因としては強いのかなぁ、という気がします。教室に戻るようにに言われて授業に参加したところで、他の生徒や教師から疎ましがられてしまう。結果、「これだったら仲間とつるんでる方が楽しいじゃん」と思ってしまう。
他の生徒からの非難の視線や教師から注意を受ける原因はその生徒自身にあることが多いです。授業中後ろを向いたり、私語をしたり、酷い時には授業の妨害をしたり。だけど、そういう子は「注意・非難される原因」よりも「注意・非難された結果」に目を向けてしまいます。そのため、「いやいやとはいえ、頑張って教室にやってきたのに、どうして自分はこんなに言われ(思われ)なきゃならないんだ」と思ってしまうわけですね。
どちらか一方だけに非があるわけではないので、なかなかに難しい問題です。教師は生徒全員の学習の機会を保障しなければなりません。しかし、だからといって、授業の妨げとなる行為を見逃すわけにはいかない。ジレンマです。
文部科学省の掲げる「心の居場所づくり」というのはこのへんに関わっているのかなぁと思います。「教室という空間で仲間と過ごすこと」に喜びを感じられるようにしなきゃならない、ということなのか。そのためにできることは……多いですね。効果の是非はともかく、方法としてはたくさんありそうです……が、具体的な方法は割愛させていただきます。まだ自信が持てるような方法ではありませんし、なにより実践を伴っていないので信憑性が薄いからです。
なんか、早退したがる生徒についての話から逸れてしまいましたね。戻しましょう。
問題に対処しようと思ったら、まず考えるべきことは目標をどこに置くかということです。今回のような場合、目標としては「教室で授業を受けること」です。ですが、急にそれを達成しようとしても難しい。もっと細かい目標を設定して、段階的に対応する必要があります。しかし、その生徒自身のことをよく知らないことには課題の発見のしようがありません。
そこでできることは、話しあうことです。教師が聞きの姿勢をつくって、生活に対する不満を受け止める態度を生徒に示すこと。ここが大切なのではないかと思います。その話し合いの中から生徒の不満・悩みを知り、課題の発見をする。
単純といえば単純です。だけど、いつだって生徒は話を聞いてくれる先生を求めているはず。ちょっとした言葉かけが生徒にとっての大きな救いとなることも少なくない。
僕は幸い、フットワークの軽い位置にいます。特定の授業を行わねばならないということもありませんし、何か校務を分掌されているわけでもない。動きやすい人間です。
そういう人間にしかできないことがあるのだと思うと、なんとなく今後の課題というか、やるべきことが見えてくるような気がします。


〜名前〜
情緒障害の子が在籍するクラスで英語の授業をしました。そのときの話。
生徒の家族に新しく子ともが生まれたということで、その名前についての話題になったわけです。で、僕はその子にどんな名前がついたのかを聞いてみました。
「えーとね、『れお』って名前」
まぁ……なんといいますか、また読みにくい名前の子が一人増えたんだなぁと思いました。具体的にどんな漢字をあてたのかまでは聞きませんでしたが、なんとなく予想はつきます。
名前、名前かぁ。時代の流れなのかなぁ?


〜コンサート〜
ある保護者が「コンサートに行く」という理由で自分の子どもを欠席させた、という話です。
友人に相談したところ、「学校みたいな閉塞的な空間に拘束するよりも、そういう気晴らしがすこしくらいはあったほうがいい」とのことでした。なるほど、そういう考え方もあるのか。面白い見方です。
だけど、これって義務の放棄ですよね。納税・勤労・教育の三つの義務。そのひとつをないがしろにしてますよね、この保護者は。
その保護者は結構なDQN……わかりやすく言えば馬鹿親ということで、教師間では有名なようでした。その子の学校での素行もとても誉められたものではないのですが、それに気を病むというよりも、生徒自身を気の毒に思っているみたいです。
なんとかしようとはしているみたいですが、なかなかうまくいかないようで。いろんな親がいるんだなぁ、と思いました。



ああ、たくさん文字を打ったら疲れた……もうここまでにしとこ。